私たちの高岡 第1集
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22.米の値段をきめる六角堂
 今の米の値段は政府が決め、しかも一年中値段は変わりません。ところが戦前までは、その地方で値段がきめられ、その上値段も上がったり下がったりしました。高岡では写真の六角堂という建物に大勢の米屋さんが集まって、米の値段を決めました。高岡にはじめてこれが出来たのは1884年(明治17年)ではじめは高岡べいしょうと呼び、1893年(明治26年)10月高岡米こく取引所と名を改め御馬出町の郵便局の向の角(旧電話局の建物のある所)に写真のような建物がそびえ高岡の名物の一つでした。