私たちの高岡 第1集
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9.本市が生んだ偉人 高峰譲吉
1854年(安政元年)11月3日、御馬出町で医者、高峰精一の子として生まれた譲吉は、江戸時代の終わりごろ、長崎で勉強し、さらに、1880年(明治13年)英国のグラスゴー大学、アンデルソニア大学で応用化学を勉強し、1883年(明治16年)に日本に帰りました。1890年(明治23年)アメリカに渡り、1894年(明治27年)に有名なタカジアスターザーを発見されました。左は同夫人です。今も誕生地の御馬出町の高峰小公園の中には、わたくしたち市民の手本として銅像がたてられています。