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〜出発前日まで〜

(2006年7月25日更新)
当日7月23日(日)分はこちら
追体験メルマガ1号 Sat, 17 Jun 2006
 はじめまして。追体験の本番までの情報をお届けする追体験メルマガです。今日から本番まで、毎週土曜日発行予定です。よろしくお願いします。 
 先日、海上保安庁のご協力のもと、海上ルートの最終下見をしてきました。現在は、当日配布の資料作りと生中継の最終調整をしています。

追体験メルマガ2の1号 Sat, 24 Jun 2006
 今日は「越中国」について。
 もともと北陸に存在した「越(コシ)」は、中央政府が管理するには巨大すぎました。そこで、都に近い方から「前・中・後」に分割したのです。その時の越中国は、現在の新潟県の一部を含んでいました。
 そして、最初の完成された法律である「大宝律令」ができた8世紀初頭に、親不知から北を越後国に分割し、現在の富山県と同じ大きさになったのです。

追体験メルマガ2の2号
 一方、最初の越前国も能登半島を含んだ大きな国でした。大伴家持が生まれた養老2年に能登半島が分割されて能登国が誕生したのです。
 その後能登国の役割が小さくなり、廃国することが決められました。その時、もとの越中国に合体したのです。
 大伴家持が越中国守として赴任した時、越中国は現在の能登半島を含む巨大な国でした。家持が越中国を離れて6年後に、能登半島は越中国から分離して再び能登国となります。

追体験メルマガ3の1号 Sat, 1 Jul 2006
 本日は「大伴家持」について。
 大伴氏は武門の家です。家持の祖父安麻呂(やすまろ)、父旅人(たびと)は軍人としても多くの功績を残しています。家持が亡くなった時の肩書きは「陸奥按察使持節征東将軍」で、大伴家らしく将軍だったのです。
 大伴家持というと、すぐに歌人と思いがちですが、万葉集の歌は42歳の時までのものしかなく、その後、亡くなるまでの約25年は、政治家として政争を戦い抜いたのです。

追体験メルマガ3の2号
 家持は養老2年(718)生まれと考えられています。父とは14歳の年に死別し、たった一人の弟書持(ふみもち)とも29歳で死別しています。妹が1人いたようですが、詳しくはわかりません。
 家持は、天平17年(745年)に従五位下となって貴族の仲間入りをし、翌年7月に29歳で越中国守となり、天平勝宝3年(751年)までその任にありました。この間に220余首の歌を詠み、万葉集に残したのです。

追体験メルマガ4の1号 Tue, 11 Jul 2006
 こんにちは。今日は当時の税についてです。
 古代の税も、現在と同じく、中央政府に納める税と地方に納める税の2種類ありました。学校で必ず習う「租(ソ)」は、実は地方税です。つまり、越中に暮らす人々が越中に納める税です。
 ところが、この税はほとんど備蓄に回されるため、越中国で役所の建て替えや橋をかけたりする財源にはなりませんでした。そういう地方財政のために存在したのが出挙(スイコ)なのです。

追体験メルマガ4の2号 
 出挙は、春先に稲を貸し付け、秋に貸し付けた5割を利息として得る制度です。春に100稲貸せば秋に150稲がもどるわけです。この利益をもとに地方政治が行われたのです。
 家持が越中国守になった頃、中央政府が越中国では30万稲を貸し付けなさいと決めました。これはなかなか大変です。家持が能登半島の先端まででかけていったのは、そんな仕事のせいだったのです。秋には45万稲を数える仕事が待っています。ふ〜。

追体験メルマガ5号 Fri, 14 Jul 2006
 おはようございます。本番まであと少し。今日はHPのご案内です。当日接続していただくページは、http://roman.triton.jp/ですが、すでに準備を完了して、いつでも接続できるようになっています。パソコンや携帯など自動で判別してその機器に合ったページが表示されます。本番前に一度のぞいてみて、登録しておいてください。

追体験メルマガ6号 Sun, 16 Jul 2006
 こんにちは。昨日、海王丸パークで「海フェスタ」の開会式がありました。閉会式は、追体験の日、23日に伏木支所前で行われます。当日は、夜に伏木の花火大会も予定されており、思い出深い一日になるといいですね。
 この雨があがって、週末には梅雨明けとの予報。夏の到来とともに、追体験の本番となるようです。お楽しみに。

追体験メルマガ金曜号 Fri, 21 Jul 2006
 おはようございます。予報では日曜日だけ曇りとなっています。暑すぎず寒くないといいですね。
 雨で、臼ヶ峰までの道が心配です。心配なので明日下見に行って来ます。安心してください。
 臼ヶ峰を通るのは、そこを通る道が、能登半島の内湾と外湾を結ぶ重要な交易路として、弥生時代から使われているからです。家持が通った時でさえ、500年の歴史を持っていることになります。高岡市は開町してまだ400年です。

ロシア語を覚えよう!その1 Fri, 21 Jul 2006
 帰りの船にはロシアからの親善児童が多数乗り込みます。あいさつぐらいできるようにしておきましょう。
 少なくとも、この画面を見ながら読み上げればOKですね。
 にわかロシア語勉強の開始です。

ロシア語を覚えよう2 Fri, 21 Jul 2006
●こんにちは「ズドラーストヴィチェ」
●ありがとう「スパシーバ」
●どういたしまして「パジャールスタ」
●さようなら「ダスヴィダーニヤ」

ロシア語を覚えよう3  Fri, 21 Jul 2006
 聞かれそうでたぶん聞かれない言葉。
●どこ「グヂェー」←「グヂェー トゥアリェート(トイレはどこですか)?」
 使えそうな言葉。
●どういたしまして「パジャールスタ」←お願いします等 日本語だと「どうも」、英語の「Please」のように、色々な場面で使える非常に便利で美しい言葉
●元気「ハラショー」←素晴らしい等 「いいですね」や「最高!」と言う時に使うと話が弾む

追体験連絡前日1号 Sat, 22 Jul 2006
 臼が峰まで行ってきました。
 途中の道は、先日の雨がウソのように何でもありませんでした。臼が峰は何度も登っていますが、こんなに眺めが良かったのは始めてです。二上山まできれいに見えました。安心して明日を迎えてください。

追体験メルマガ前日最終号 Sat, 22 Jul 2006
 明日の準備はできたでしょうか?
 明日の行程は、おそらく全生徒が初めて通る道だと思います。知らないことばかりを学ぶことになると思います。
 家持が何日もかけて歩いた道を、たった1日でたどるのです。どうぞ、今夜は早寝をさせ、明日に備えさせてください。体力・気力ともに充実した状態で参加させてくださいますようお願いします。
 では、明日。受付でお待ちしております。

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