| 伏木港第2集 (3) | スライド一覧へ戻る | 前のページへ | 次のページへ |
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| 3) 右のこま映写 暖かい秋晴れの昼休みに、私たちは若林さんのおじさんをおたずねして、お話を聞きました。 大きな橋型起重機のある第一号岸壁の貯炭場には、いつものように、大きな石炭の山がいくつも続けておりました。 「伏木港の貿易は、そのほとんどが港へ入ってくる貨物です。そして、毎年その半分以上が石炭ですよ。昭和28年には28万トン、昭和12年には50万トンも入っていたんですよ。」 「やっぱり、北海道からですか」と武君が聞いたら、 「ええほとんど北海道と九州ですよ。昭和28年度では北海道から177,000トン、九州から83,000トンでした」と、教えてくださいました。 (この間、静かに移行する、左のこまへ) 「水平式起重機、大きなマンモスクレーン、あのバケット一つかみは5トン、トラックの一台分ですよ」 武君は「仲仕人夫一人のハイスケ(かずきかご)一杯50kgだから、人間一人の仕事の100倍だね」 という計算をしました。 「そうですね、昔はこの石炭は、ほとんどまんじゅうのようなまるいかさをかぶった女の仲仕の人たちが何十人も列をつくって運んだんですよ。”船の入らぬ日はなし まんじゅがさ”ってね、俳句もあったそうですよ」 と若林さんは話してくださいました。 お話を聞いてから、私たちはクレーンの上へのせていただきました。 (註)水平引込式起重機は二台あり、いづれも一掴み5トン1日各100トン能力橋型起重機は一台あり、一掴み3トン1日の荷役能力は600トンである。 このほか、13基の小型、中型、大型の起重機がある。 |
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