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24 浚渫船、浦賀丸 終戦後の四十五年、右岸、岸壁には、全く船がついていなかった。 工事事務所へいってきくと、戦争中、港を掘る仕事があまりできなかったため、とうとう横づけができなくなってしまったんだそうだ。 浦賀丸は、夏の日も冬の日も、ものすごい音をたてて、河底をほり続けている。 伏木港の最も大切な一つのことは、いつも河を掘って深くしておくことなのだ。 この前一万トンのアメリカ船がはいった時、ぼくは、まだまだ浅いなあと思った。 もっともっとがんばって、ほらねばならないなあと思います。 (註) 自航プリストマン式浚渫船(浦賀丸) 1日―600立方米 1杯1.5 2杯3 立方米 |