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その頃の伏木地図
ごらんなさい。
今とちがって、庄川が途中で小矢部川に合流して伏木に注ぎこんできていますね。
この二つの川によっておしながされてきた土砂がそのまま、河口の伏木港をうずめてしまうのです。
さあみなさん、流れてくるこの土砂をくいとめるために何かいい工夫がないものでしょうか。
全長132キロメートル富山県一長い庄川、この庄川だけでもぐんとまげて近くの越ノ潟へでも流せないものか。
いや、それよりも港の突堤を300メートル程海の中へ伸ばして、あいがめのあたりへ外港を築けないものか、といったいろんな意見が出されました。
その頃のことです。
この庄川の沿岸に住む村々の人たちにとってもやはり一つの問題がおこっていました。
それは庄川の下流の幅がせまいため、雨季になるときまって洪水に悩まされることでした。
そして、それをいつか川はばを広げる大工事を行うことにより、これを解決しようとして、その運動が続けられていたのです。
遂に築港期成同盟会は、この運動と一体になり小矢部川から庄川を分離する大工事を計画いたしました。
新しく掘割を作って庄川を新湊の海岸へ流しだそうというのです。ごらんなさい、地図では、もうそのからぼりはできあがっていますね。
人々と砂に対するたたかいは、こうして続けられていったのです。
(註)明治三十五年ごろの地図、伏木小学校郷土室所蔵。