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このようにして、新しく計画されようとする伏木港築港工事について多くの意見が出ました。
当時の新聞記者であった、海内(かいだい)果(しめす)や、西 帥(?)意(すいい)という人たちは、「伏木港論」をあらわして、世論を導いていこうとしました。
而し、地形や、気象や、海流の科学的調査を徹底的に行い、それをもとにして、新しい港の設計が行われねばならないという点ではどの意見も全く一致していました。
このようにして調査は始められ、近代的港湾としての設計が進められました。
殊に、小矢部川の河口、4500メートル沖合いの海底はとても深い海中の谷にはまっていて、そこは、それ以上決して浅くはならない地帯があることです。
これを”あいがめ”といって、伏木港設計の上において、このことが、とても有利な条件となったのです。

(註)
伏木港外(港導浮標付近)から伏木港を望むあいがめ、のあたりに当る。