| 前へ | 次へ | 終わる |
![]() |
6 伏木浦 出船の証(でふねのしょう) 与右門船壱艘此加子 八人 船頭上乗共に (よえもんぶないっそうこのかこ)(ふながしらうわのりともに) 助吉 船壱艘此加子 七人 船頭上乗共に 源左エ門船壱艘此加子 八人 船頭上乗共に 右拾三艘の舟、佐渡へ商売につかわし候由候。 これは、今から三百四十年前、元和元年、金沢のお城から伏木の舟方(ふなかた)へ来た証文だ。 こんな前からやっぱり伏木から舟がでたんだなあ。 さむらい時代の船、どんな船だったろう。 何を積んでいたんだろう。その頃町はどうだったろう。 横山山城守、三輪志摩守、奥村河内守三人の武士の名がかいてある。 拾三艘のほか、一艘でも、一人でも多かったため、金沢のお城へつれていかれることがかいてある手紙、伏木の船方様へってのがずっと下に書いてある手紙。 武士はよっぽどいばっていたんだなあ。 そして、昔は貿易さえ自由にできなかったのか、もう黄色くなったぼろぼろの手紙。 筆で書いてある、町で一番古い手紙、そのころから伏木には船着場があったことがわかるだいじな手紙、こんなかきものをよく今までしまっておいてくれたなあ。 (註)藤井家文書 現在伏木図書館蔵 |